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東京地方裁判所 平成8年(特わ)948号 判決

裁判所書記官

鈴木友慈

本籍

東京都中野区中央五丁目一四番

住居

東京都練馬区豊玉中三丁目一八番八号豊玉中第一一住宅七-二

無職

日下部節子

昭和二五年六月一四日生

右の者に対する所得税法違反事件について、当裁判所は、検察官立澤正人、弁護人竹本裕美各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金二二〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した

期間被告人を労役場合に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都練馬区豊玉中三丁目一八番八号豊玉中第一一住宅七-二に居住し、同都豊島区東池袋一丁目三九番八号第八一東京ビル四階ほか二箇所において「USA美療」などの名称でいわゆる個室マッサージ業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、売上の大部分を除外するなどの方法により所得を秘匿した上

第一  平成三年分の実際総所得金額が八五七五万四七八〇円(別紙1の修正損益計算書及び所得金額総括表参照)であったにもかかわらず、平成四年三月一三日、同都練馬区栄町二三番七号所轄練馬東税務署において、同税務署長に対し、平成三年分の総所得金額が三一万三六五一円で、納付すべき所得税額はない旨の虚偽の所得税確定申告書(平成八年押第九七〇号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額三八四八万二〇〇〇円(別紙4のほ脱税額計算書参照)を免れ

第二  平成四年分の実際総所得金額が三四一八万六七〇七円(別紙2の修正損益計算書及び所得金額総括表参照)であったにもかかわらず、平成五年三月一五日、前記練馬東税務署において、同税務署長に対し、平成四年分の純損失金額が、四六万一七五六円で、納付すべき所得税額はない旨の虚偽の所得税確定申告書(平成八年押第九七〇号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額一二六九万九五〇〇円(別紙4のほ脱税額計算書参照)を免れ

第三  平成五年分の実際総所得金額が六五二六万九一二一円(別紙3の修正損益計算書及び所得金額総括表参照)であったにもかかわらず、平成六年三月一五日、前期練馬東税務署において、同税務署長に対し、平成五年分の総所得金額が八七万三六一四円で納付すべき所得税額はない旨の虚偽の所得税確定申告書(平成八年押第九七〇号の5)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額二八二四万七〇〇〇円(別紙4のほ脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

〔括弧内の甲の番号は、検察官請求の証拠等関係カード記載の請求番号を指す〕

判示全部の事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する各供述調書(一〇通)

一  山本よし(一二通)、日下部敏夫(七通)、木村一裕、林雅三、粕谷肇、山畑敏明(二通)及び星野尚子の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の売上調査書、地代家賃調査書、導入費用調査書、トラブル処理手当調査書、深夜導入手当調査書、従業員チップ調査書、広告宣伝費調査書、水道光熱費調査書、通信費調査書、減価償却費調査書、修繕費調査書、消耗品費調査書、租税公課調査書、接待交際費調査書、マッサージ嬢交通費調査書、清涼飲料水代調査書、マンション管理費調査書、新聞図書費調査書、衣裳費調査書、取材謝礼費調査書、有線放送料調査書、雑費調査書、山本よし分配金調査書、日下部敏夫分配金調査書、社会保険料控除調査書、寡婦控除調査書及び領置てん末書

一  検察事務官作成の捜査報告書一〇通(甲4、14、16、18、20、24、26、29、36、70)

一  練馬東税務署長作成の証拠品提出書

判示第一、第二の事実につき

一  大蔵事務官作成の賄費調査書

判示第二 第三の事実につき

一  大蔵事務官作成のマッサージ嬢給料調査書及びサービス料交渉費調査書

一  検察事務官作成の捜査報告書二通(甲6、9)

判示第一の事実につき

一  検察事務官作成の調査報告書(甲2)

一  大蔵事務官作成の荷造運賃調査書

一  押収してある平成三年分の所得税の確定申告書一袋(平成八年押第九七〇号の1)

一  押収してある平成三年分収支内訳書一袋(平成八年押第九七〇号の2)

判示第二の事実につき

一  大蔵事務次官作成の内装工事監理手数料調査書

一  押収してある平成四年分の所得税の確定申告書一袋(平成八年押第九七〇号の3)

一  押収してある平成四年分収支内訳書一袋(平成八年第九七〇号の4)

判示第三の事実につき

一  大蔵事務官作成の繰延資産償却費調査書

一  押収してある平成五年分の所得税の確定申告書一袋(平成八年押第九七〇号の5)

一  押収してある平成五年分収支内訳書一袋(平成八年押収第九七〇号の6)

(適用法令)

〔ただし、刑法は、いずれも、平成七年法律第九一号による改正前のものを指す〕

罰条 判示各所為につき、いずれも所得税法二三八条一項、二項(情状による)

刑種の選択 いずれも、懲役刑と罰金刑を併科

併合罪の処理 懲役刑につき、刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重)

罰金刑につき、刑法四五条前段、四八条二項(判示各罪の罰金額を合算)

労役場の留置 刑法一八条

刑の執行猶予 刑法二五条一項(懲役刑につき)

(量刑の事情)

本件は、いわゆる風俗営業の個室マッサージ数店を経営していた被告人が、将来別の業種に転業する資金作りや自己の蓄財を主たる目的として、その実際所得金額につき、売上を大部分除外した上、同売上と経費が同額になるように金銭出納帳簿の内容等を偽って、納付すべき所得税額はない旨の虚偽の所得税確定申告をして、合計約七九四二万円余の所得税を脱税したという事案であり、そのほ脱率はいずれも一〇〇パーセントに達している。被告人の右犯行の動機、右脱税額の大きさは、ほ脱率に、ほ脱工作態様が、被告人の家族ぐるみで行われていた事情などに照らすと、犯情は極めて悪質である。被告人は、申告納税制度の下で誠実に納税すべき自らの納税義務に思いを致さず、自分で稼いだ金の税金は払いたくないとの自分勝手な特有の論理で常習的に脱税を図っていた態度が窺われ、同種犯罪防止のための一般予防の見地からして、その刑事責任には誠に重いものがある。しかるに、被告人の本件犯行後の行動中には、多額の資金をパチンコ店に投資して本件で納税すべき金員分までつぎ込んで回収できない状況に陥ったことが窺えるなどその反省の態度において若干の疑問がある。これらの事実に鑑みれば、被告人の更生可能性については、なお心もとなく予断を許さないものがあり、厳罰に処すべきものとして、実刑処断が相当とも考慮されるところである。

ただ、被告人は、貧しい家庭に育ちながらも、これに挫けず、自力で自己の家族を支えなければならないと決心して、高等学校卒業後、徒手空拳で営々と努力し、前記事業を展開させた女性であり、これまでに風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律違反罪などの関係で略式の罰金前科四犯があるが、それ以外の前科が無いこと、被告人が養育すべき責任のある離婚後に出生した長男(児童)がいること、本件犯行後は、その三年度分についての本税、延滞税及び重加算税等のうち三三〇〇万円を納付し、以後毎月五〇万円を分割して納税していることが認められるほか、個室マッサージ店を廃業した現在無職で、以前購入した不動産の多額のローン支払いに追われる窮状にあること、今後は地道な仕事を探して、分割納税に努める旨誓っていること、当法廷では、一応の反省の態度を示しているし、現在の資産状況から推定して右分割納税の実行も可能性が高いと思料される事情も存する。

これら被告人のために有利に斟酌すべき一切の事情を考慮すると、今回に限り懲役刑の執行を猶予し、社会内での自力更生の機会を付与することを相当と判断したものである。

(求刑 懲役一年及び罰金二五〇〇万円)

(裁判官 大谷吉史)

別紙1

所得金額総括表

〈省略〉

修正損益計算書

〈省略〉

別紙2

所得金額総括表

〈省略〉

修正損益計算書

〈省略〉

別紙3

所得金額総括表

〈省略〉

修正損益計算書

〈省略〉

別紙4

ほ脱税額計算書

平成3年分

〈省略〉

平成4年分

〈省略〉

平成5年分

〈省略〉

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